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永遠亭殺兎事件〜Lunatic Stage in Eientei.

 

プロローグ

 

 人型で二足歩行をする様子から一人と称するか、長く天に伸びる兎の耳を持つ姿を見て一羽ないしは一匹と言うべきか判断に窮するところではあるが、結論から言うと一個体の妖怪兎が意気揚々と家路に着いていた。

 スキップをするその姿が、夕暮れに染められた橙色の地面へと投影される。

 

「か〜ご〜め〜か〜ご〜め〜♪」

 

 夕暮れの中、歌を口ずさみ上機嫌な妖怪兎には、これから自分が巻き込まれることになる事件のことなど知る由はまったくなかったのだった。

 

 

 

 

「ただいま帰りましたー!」

 

 因幡てゐ、件の妖怪兎は大きな声で帰宅を告げる。しかし返事はなく、てゐの声が広い屋敷に虚しく響くばかり。きっと留守なのだろう、てゐはそう判断した。

 閑散としたその雰囲気には薄ら寒ささえ覚える。近づいている冬、しかしその寒さと異質のものをてゐは感じ取った。

「うーん、お師匠様と鈴仙がいないのはわかるけど、姫様までいないのは珍しいなあ」

 永遠亭は幻想郷の迷いの竹林の中に建つお屋敷である。

 迷いの竹林は文字通り足を踏み入れた者を迷わせる魔性の竹林だ。地面が僅かに隆起していて、それが距離や方向の感覚を狂わせる。

さらに目印になるものもなく、立ち込める霧もその魔性に拍車をかける。

 普通の人間ならば竹林で迷い、永遠亭に辿り着くのは困難である。裏を返せば屋敷に辿り着けるのは普通の人間ではなく、また人間ですらない者達がほとんどだ。

 そんな妖しい者達に対して屋敷を無人にするのは、警備上の観点からも良い判断とは言えない。事実、白黒の魔法使いは月の世界の珍品に目を光らせていて、警戒は怠れない。しかし、警戒をするのはてゐの配下の兎たちで、てゐ自身は何の対策も講じないでいる。

 侵入者に立ち入られるときは何をしても入られてしまうし、そうでないときは何をしなくとも入ってはこられない。

 

「とりあえず居間で待ってようかな」

 

 考えていてもしかたがない。とりあえず腰を下ろして休むことにした。

 襖を開けて居間に入ったてゐを待っていたのは有意義な休息の時間、ではなく―鈴仙・優曇華院・イナバの死体であった。

 

「えっ、これって何かの冗談じゃ…」

 

 突然のことであらゆる感情が噴き上げてくる。しかしあまりに多くの感情が溢れ出たおかげで、それぞれが中和し合って、逆に冷静になることができた。

 勇気を振り絞り死体を注視する。

 無防備すぎる姿で横たわっているので、巷で話題の『ウドンゲは穿いてない』という噂を検証しようとも思ったが、今はそんな場合ではない。

 うつ伏せに横たわり、口元には吐血したものと思われる血痕が残っている。血痕は黒く変色していて時間の経過を窺わせた。近くには湯飲みが転がり、お茶は零れて血痕と同じように畳の上でシミとなっている。

 『毒殺』の二文字が浮かぶ。

 右手は握り拳でそこにもシミ(血が染みたものではないようだ)があり、左手は血の付いた人指し指だけ立てられていて、その先にはこんな状況にありがちな血文字が。

 

「うーん、これは困ったことになった…」

 

 書かれていた文字は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『てゐ』」

 

 

 妖怪兎は驚いて跳び上がり、跳び過ぎて天井に頭をぶつける。

 文字を読み上げたのはてゐではなく、てゐと鈴仙の師匠の八意永琳。虫に刺されてかゆいのか、右手の甲を左手で掻いている。

 

「ただいまと言っても返事がないと思ったら、こんな大事があったのね」

 

 永琳は血文字に目を落としたままで言う。

 この状況下においても微塵も表情を変えていない。その冷静さはさすが賢者と言ったところか。

 血文字は左手―鈴仙の利き腕でない方で書かれていたので文字の形は崩れていて、『てゐ』じゃなくて『てる』に見えるとてゐは思った、思いたかった。

 でも、たとえそれを主張したところで誰も信じてはくれないという自信を超えた確信があった。

 

『いつも嘘をつく詐欺兎』

 

 貼られたレッテル。そのレッテルに一生剥がせない程の強力な糊を塗ったのは、ほかでもない自分なのだ。

 今更改心して信じてもらおうなんてムシが良すぎる話。

 

「……ただいま」

 

 座敷の奥から声が聞こえる。てゐの呼ぶところの姫様、蓬莱山輝夜である。永遠亭における主要メンバーがこれで揃ったことになる。しかしその内の鈴仙は―

 永琳はてゐを見据えて言った。

 

「姫も来たことだし、改めて申し開きをしてもらいましょうか?」

「そんな!お師匠様、信じてく……れませんよね。やっぱり……」

 

 てゐは力無くうなだれる。

 廊下から足音が聞こえてくる。どうやら輝夜がこの部屋に向かってくるようだった。永琳は居間の前で軽く説明をしてから輝夜を部屋へ通した。

 輝夜は長く生きているだけあり、死体を見ても取り乱すことはなかった。たとえ、それが身内のものであっても。

 しかし、その表情にはえも言われぬ感情がにじみ出ていた。輝夜は今考えるべき問題へと意識を集中させる。

 

 

 

 

「やっぱり『てゐ』よねえ」

 

 輝夜も永琳と同じ意見だ。『てゐ』が血文字のことを指しているのか、因幡てゐを指しているのか、どちらにしても同じことだと気付いて、てゐは戦慄する。

 

「てゐ、この死体をあなたはどう見る?」

 

 永琳は死体そのものへ話題を変えるように言った。しかしそれは助け舟ではない。―試されている、そう感じた。

 

「脈は、無いです。死後硬直は全身に見られます。死斑―血が止まったことでできる斑点もあります。少なくとも、死んでから五時間は経過してるんじゃないかと……」

 

 自分が教わった知識をこんなところで使うことになろうとは。しかもその死は、嘘をつかれて悪態をつきながらも一緒にいてくれた上司であり無二の親友の鈴仙のものなのだ。

 そして、鈴仙の死に関して一番疑いの目を向けられているのは自分。この状況を打破するには、自分が犯人を見つけるしかない。

 

「そうね。胃の中のもの―この場合そのお茶と茶菓子、果物かしら、それの消化状況でさらに詳しくわかるけど。死んだのは約五時間前、大体昼頃と見ていいでしょうね。その時間てゐは何をしてた?」

「……一人で竹林をぶらぶらしていました」

 

 一人でいたため、それを証明できる者はいない。

 つまりアリバイがないということ、てゐ自身がそれを痛感していた。

 てゐは珍しく自分に不利になる真実を口にする。

 一方的に詰問を受けるてゐを見かねて輝夜が口を挟んだ。

 

「アリバイなんて遅効性の毒や、遅く溶けるカプセルを使えばどうにでもなることじゃないの」

「そうですね。その点では私はもちろん、姫も犯人となりえます」

 

 う、と輝夜は言葉に詰まる。どうやら自分も容疑者としての候補から外れていないことが意外だったらしい。

 

「それに外部犯の仕業かもしれないし。ひとまず、何で殺されたかをはっきりさせるべきじゃないかしら?」

 

 永琳は輝夜の提案を受け入れた。

 

「まだ殺されたと決まったわけではないけどね。事故や自殺が何らかの要因によって殺人にしか見えない状況になったのかもしれない。可能性としては低いけど、なくはない。姫の言う通り、とりあえず薬棚を見ましょうか、薬物が出し入れされた形跡が残ってないか確かめる必要がある」

 

 永琳、輝夜、てゐの順番で廊下を歩く。てゐは終始俯いている。

 永琳が薬物の保管室の鍵を開ける。保管室の鍵自体は厳重に管理されていない。在り処さえわかれば誰でも持ち出せる。事実、てゐも使ったことがある。

 しかし、危険な薬は鍵付きの薬棚に入っている。その鍵は永琳が管理してるのでめったなことでは勝手に開けることはできない。

 永琳は保管室の鍵を開け、中に入る。そして薬棚の前へと足を運んだ。 

 

「これはまあ、わかりやすい状況ね」

 

 輝夜は驚きを通り越して呆れている。

 薬棚のガラス戸は鍵こそ掛かっていたが、ガラスが割られていて、辺りには破片が散乱している。薬瓶もてゐが以前見たよりも心なしか少ない。薬棚の中自体は無傷である。

 

「見事なまでに叩き割られてるわ。薬瓶も複数持って行かれてる。使ったものを特定されないためのカモフラージュか、あるいはそれら全てが目的だったのか」

 

 てゐは、何者かが薬棚から薬を盗んだという事実と、鈴仙が毒殺のように見える状況で死んでいた事実を結びつけて考えてみる。

 ――薬を盗んだのが侵入者なら、どうして鈴仙は死んでいたのだろう?

 薬を盗んだ現場を見ていたためにその口封じとして殺された?

 でも口封じだったら、わざわざ毒殺なんて回りくどいことをしないで首を絞めたり心臓を差したり、直接的な方法でいち早く始末をつけるはず。

 そしてもう一つの可能性。

 薬の効能の実験台のために鈴仙が実験台にされてしまったという可能性だ。どうやらお茶を飲んでいる途中で死んでしまったらしい様子を見ると、これが一番正しいと思える。

 あと、最後の一つは―考えたくもないけど鈴仙の自殺という可能性。鈴仙は自殺をするためにお茶に毒を入れて飲んだ?

 そのために薬棚から薬を盗んだ?―

 薬棚のことに思いいたって、てゐはそこで何かに気付いた。

 

「どの薬が無くなったのかは把握してるわ。使われたのはその内のどれかでしょう。毒物で、無味無臭のものだと思うけどね」

「ちょっと待って。薬棚を壊した者の目的が薬を盗むことだとして、その薬を鈴仙に使ったのは盗んだ後ということになるわね。そこから犯行の経緯や目的も推理できるんじゃないかしら」

「何にせよ、調べればわかること。さあ、戻りましょうか」

 

 永琳と輝夜は踵を返し居間へ向かった。

 てゐは保管室の前に立っていたが、そこで配下の妖怪兎に会う。杵を携え、どうやら兎達の点呼の完了を告げにきたらしい。表情に変化がないので、事件のことを全く知らないのだと察せられる。

 

「そうだ、その杵少し貸してくれない?」

 

 てゐは兎達のリーダーである。配下の兎が断ることができる道理はない。

 ―ちょっと待ってて、と兎をその場に待たせ保管室に入り扉を閉めた。

 てゐは薬棚のもう一枚のガラス戸の前に仁王立ちした。

 そこで力任せに杵を振り下ろす。

 

「てゐっ!」

 

 かいしんのいちげき!

 しかし杵はガラスに鈍い衝撃に押し返され、柄から折れてしまった。

 それでもてゐは笑みを浮かべる。

 

「謎は、全てディゾルブ…」

 

 てゐは保管庫から出て、ポケットにいれて叩いたわけでもないのに二つになった杵を妖怪兎に渡した。妖怪兎は目に大きな雫を浮かべている。

 

「ぜんっぜん役に立たなかったわ。あなた昇進しないわよ?」

 

 嘘吐き兎のその言葉が意味するのは、文面とは真逆の内容である。

 因幡てゐが初めて他者を幸せにする嘘をついた瞬間であった。

配下の兎もそれを感じているようで、浮き足立っている。

 

「そうそうついでに悪いんだけど、……を探してくれない?」

 

 因幡てゐによる反撃の狼煙が、今上がる。

 

 

 

 

「やっぱり手がかりはこのダイニングメッセージよね」

「姫、それじゃ台所のメッセージですよ!一体どんなメッセージですか?」

「『おやつのプリンは冷蔵庫にあります』とか『お母さんは今日も仕事で遅くなります。夕食はレンジでチンしてね』とか磁石で冷蔵庫に付けてるような感じの」

「そんな鍵っ子の悲哀を感じさせるメッセージは要りませんから!」

「じゃあ、崖っぷちに置いてある靴に添えたダイビングメッセージとかは?」

「姫、わかっててボケてるでしょう!」

 

 殺人(人?)現場でも漫才の練習は欠かさない永琳と輝夜。

 と、そこでてゐが居間に入ってきた。

 永琳と輝夜は慌ててシリアス展開モードへと戻る。

 二人はてゐが来るまで死体には触れていなかったようだ。

 

「てゐ、遅いわよ!疑われてるのは自分でもわかっているでしょうに」

 

 永琳は諭すように言う。

 

「永琳もそうカッとしないの。とりあえず、鈴仙の右手だけど……」

 

 鈴仙の右手は握り拳になっていて、その下の畳には染みが付いている。永琳は軽く鈴仙の指を開いた。

 握られていたのは林檎の残骸。特徴的な形をした赤い皮から元の形は容易に想像できる。

 永琳はてゐに言い放った。

 

「兎を模した林檎ねぇ。犯人はもう決まったようなものね?」

「ええそのようですね……」

 

 てゐは一息溜めて言い返す。

 

「犯人はあなたですっ!お師匠様!」

 

 二の句が告げない永琳に代わって輝夜が尋ねた。

 

「永琳が犯人ってどういうことなの!」

「だからずっと言っていたでしょう。このメッセージは『てゐ』じゃなくて『てる』だと。加えて『林檎』ですよ」

 

 『テル』と『林檎』すなわち、

 

「これらはウィリアム・テル、弓の名手を象徴しています。つまり犯人は弓の名手であるところの、お師匠様を意味しているのです。

 お師匠様は薬棚にある薬を使って鈴仙を殺しました。そしてその薬は盗まれたものであり、その盗人が犯行に及んだ、そう偽装するために自らガラスを割ったのです」

「へぇ、『てゐ』と林檎の『兎』で因幡てゐが犯人だという方が整合性のある解釈だと思うけどね」

 

 永琳は挑発するような、あるいは値踏みをするような目でてゐを見つめる。てゐは一瞬怖気づきそうになるが、目を離さない。

 

「お師匠様はご自分で私を容疑者から外して下さったんです。お師匠様は薬棚の割れたガラス戸を見て何と仰いましたか?まさか私が覚えていて師匠が覚えていないわけはないですよねえ?」

 

 今度はてゐが挑発をする。

 永琳は言われた通り自分の言葉を思い出す。

 

『見事なまでに叩き割られ――』

 

 賢者の失態。自ら気付き、言葉を止めた。

 

「そうですよ!叩かれて、割られたんですよ、見事なまでにね!私は兎の杵で思いっきりガラス戸を叩きましたよ。さすが月の技術で造られたガラスですね、杵のほうがお陀仏です。私にはガラスを、少なくとも《叩いて》割るのは不可能なんですよ。ガラス戸を割れない以上薬は手に入らないのですから私が犯人ではありえないんです。それと、私より力のある兎はいませんから、ほかの妖怪兎にも薬は盗めないということになります」

 

 輝夜はまだ納得していないようだ。

 

「兎にガラスが割れないのはわかったけど、永琳はどうやってガラスを割ったの?」

「そう、そこで私は行き詰まりました。でも答えは簡単だったんです!」

 

 それは一体?

 

「お師匠様はよく『えーりんえーりん』と歌いながら右手を振り上げていました。その『えーりんえーりん』で鍛えた右手でガラスを叩き割ったんです!」

「よくそんな穴だらけの倫理で断定できるわね。『QED』とは似て非なる『OED』よ」

「何で英語の辞書になってるのよ!」

 

 今度は輝夜が突っ込みを入れる。

 

「それで、その『えーりんえーりん』を根拠に私を怪力女と断定したいわけ?」

「そうですよ。だったら、ほかの理由で証明して下さいませんかね?」

 

 てゐは自信たっぷりに言い放った。

 

「お師匠様はどうして――死後硬直した握り拳を軽く開けることができたのでしょうか?」

 

 賢者の第二の失態。永琳は口をつぐんだ。

 居間を沈黙が支配する。

 そこでてゐの配下の兎が入ってきた。永琳と輝夜から空気読め、という視線が注がれる。

 後にこの兎は『空気読めない兎』略してKYUと呼ばれることになる。もちろん(?)読み方は『きゅう』である。

 兎はてゐにあるものを渡し、鈴仙の死体を見た。兎は青ざめたが、てゐはいつものことだからと言って早々に帰した。

 

「ふふ、ジェバ●ニが十分で見つけてくれました。血の付いたガラス片、きっと犯人を割ったとき怪我をしたんでしょうね。血は0・1ミリリットルも無いでしょうが、月の医学なら、この血が誰のものかわかるんじゃないですか?」

 

 永琳は尚も沈黙を保つ。

 

「そういえばお師匠様は最初に居間に来たとき右手を左手で掻いてましたね。もしかして治りかけた傷がかゆくなったんじゃないですかね?」

 

 永琳は沈黙から一転、高笑いを始める。

 不気味な微笑みにてゐは恐れ慄く。

 

「ふふ、賢くなったわね、てゐ。初めて会ったときよりもずっと。あのときはただ狡賢いだけで――今も十分狡賢いけど、少し周りが見えるようになったわ」

「お褒めの言葉、ありがたくいただきます。でもそんな言葉を頂いたところで鈴仙は……

 どうしてもわからないのは動機です。師匠はどうして鈴仙を……」

「なぜ殺したか、あなたには解けない難題でしょうね」

「月の人が言うことは大抵において、理解できませんよ。地上の者にとっては」

「そうね、その通りだわ。あなたにはわからない。なぜ殺したかという質問自体が土台成り立っていないのだから」

 

 てゐは尚も首を傾げる。

 

「殺していないのなら、なぜ殺したかという問題に解を設けるなんでできないでしょう」

 

 くすくすと笑う永琳。輝夜もつられて笑い出す。

 

「てゐ、血痕をよく見てみなさいな。永琳の言っていることの意味がわかるわ」

 てゐは屈んで鈴仙の口元の血痕をみる。

「でも、これは本物の血……あっ!」

 

 確かに本当の血ではあったが、吐血したものならばツバや痰が混じっているはずである。しかしそういった様子は見られない。つまり、その血痕は毒による吐血で付いたものではない。身体に外傷はないように見えたが、目を凝らすと、右腕に注射を打った跡が見えた。

 

「あらかじめ採血したものをそこに零しただけなのよ」

 

 輝夜は解説をする。

 

「でも、でも、確かに死後硬直があって、心臓が止まってて、死斑も浮かんでて、死んでるんですよ!」

 

 永琳は笑うのを止めて、てゐに問いかける。

 

「もし、筋肉を硬直させて動きを停止させる薬があるとしたら?」

「……心筋の動きも止まります」

「それで血流が止まったら?」

「……死斑が浮かびます、ってまさか!」

 

 てゐは永琳と輝夜、そして鈴仙を一瞥する。

 

「みんなして私を騙してたのね!」

 

 立場の大逆転劇。

 緊張の糸が切れてへなへなと座り込んだてゐに、輝夜は語りかけた。

 

「そういうことよ。いざというときに信じてもらえない辛さ、十分に味わったでしょう?

 あなたは嘘をつくのがアイデンティティになってるからね。いくら抑えたところで嘘をつかずにはいられない。何を言っても信頼はされない、疑いは晴らせない。それなら、そんな状況を打開する方法は一つしかないでしょう?」

「自分の真実が信じてもらえないならば、他の者の虚偽を暴けばいい。つまりは殺人犯として疑われているなら真犯人を暴けばいいわけね。てゐ、あなたを試させてもらったわ」

「でも、それなら鈴仙は生きているんですよね?」

「やっぱり周りが見えるようになったわね。さっきの推理もそうだけど、ウドンゲの身を案じたり、自分だけじゃなくて配下の兎達の容疑も晴らしたりね」

 

 永琳の見透かした言葉で、てゐは顔を真っ赤に染める。

 因幡の赤兎、首から上で真っ白なのは頭の中だけだ。

 

「もちろんそこはぬかりないわ。筋肉が動かなくても全身に酸素が行き届くようにしてあるから組織は死んでない。もう起こしてもいい頃合かしら」

 

 永琳はいきなり鈴仙の胸元をはだけさせた。てゐは気恥ずかしさを感じ手で顔を覆う。永琳は注射器の針を天に向け、薬をほんの少しだけ出した。

 

「血流が止まっているからね、心臓近くの血管から投与して心臓マッサージをする必要がある」

 

 手際良く注射を刺し、心臓マッサージを二十回してから二本目を投与。そして十五回ほどマッサージしたときに鈴仙は息を吹き返し、目を開けた。

 

「目覚めはどう?ウドンゲ」

「うーん、最悪ですよ。全身に乳酸が溜まってるし筋肉痛だし、肩はすっごい凝ってるし」

 

 そこで、横に座り込んでいるてゐを見て言った。

 

「どうやらまんまと騙されたようね。これに懲りたなら嘘をつくのはこれきりやめなさい」

「いやだねっ!」

 

 てゐはあっかんベーをして脱兎のごとく部屋を去っていった。それを追おうと鈴仙は急に起き上がる。乳酸がたっぷり溜まった体である。

当然ながら、

 

「い、痛いっ!つった、全身がつった!」

 

 あまりの痛みに畳の上でばたばたともんどり打っている。

 

「あーあ、はしたない。スカートをあんなに翻して。そうだ、永琳、後片付けをしないと」

 

 イベント後の片付けは当事者の永琳と輝夜が当たる。戦力外の鈴仙は置いてけ堀。

 

「そうね。まず血痕を拭きましょう」

 

 永琳は血痕に霧吹きで薬品を噴きかけて畳を拭った。こういった薬品も永琳のお手製である。血痕は跡形も無く消えてしまった。

 さすがは月の技術で作られた洗剤用品である。

 

「次は割れたガラスの片付けね」

「姫、それは危ないから私がやります」

 

 輝夜から箒とちりとりを受け取り、保管室に向かう。

 

「そういえば、棚のガラスが割れてたし、ドアも開けっ放しだった。さっきまでは誰でも薬を持ち出せるようになってたわよね?」

 

 もしその間に侵入者がいたなら、危険な薬も簡単に持ち出されてしまう。

 

「心配には及びません、姫。あの中に置いていた薬は、ラベルに書かれた効能の、逆の効能に書き変えてありますから、持ち出しても期待した効果は得られませんよ」

 

 保管室の中に入り、ガラスの破片を集めて文々。新聞で包む。なんとなくそれを見ていた輝夜は薬棚に目を移した。

 

「あれ?永琳、さっきより薬瓶が減ってない?」

「そうね。一本足りないわ。確かあの瓶にあったのは……」

 

 永琳はその薬瓶に書いてあった文字を思い出す。

 

『筋肉痛を治す薬』

 

 件の瓶は空の状態で、居間の卓の上で発見された。

 その傍らで、泡を吹いた鈴仙・優曇華院・イナバが横たわっていたという。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ここで幕が閉じ、舞台は遮断される。

 しばらくして蓬莱山輝夜が幕の間から現れて一礼をした。

「本日は月都万象展〜Lunatic Stage in Eientei.にご来場頂き真にありがとうございます。午前の部は劇団蓬莱による舞台、『永遠亭殺兎事件』をお送り致しました。

 午後の部では、演奏はプリズムリバー楽団、バックコーラスにミスティア・ローレライという豪華メンバーでの、生えーりんライブがあります。皆さん、是非楽しんで『えーりんえーりん』していってくださいね。それでは第二回月都万象展まだまだ楽しんでいってください」

 と、ここでまた一礼。

 

「尚、劇中で出てきた『血痕も落とせる万能クリーナー』『迷いの竹林産の竹箒』『月のガラス』等は特設舞台入り口にある売店で取り扱っています。香霖堂でも委託販売をしているので興味のある方は是非お手にとってご覧になってください。

 失礼しました。順番が最後になりましたがここでキャスト紹介を。

 

 因幡てゐ役、因幡てゐ。

 

 八意永琳役、八意永琳。

 

 蓬莱山輝夜役、蓬莱山輝夜。

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ役、森近霖之助

 

 でお送り致しました」

 

 

 

(了)

 

 

後書き・解説

 

 実は、これが初めて書いた東方SSです。

 お蔵入りしていたものを引っ張り出して来て、本邦初公開と相成ります。

 2008年の作品ですが、このころからミステリ風の作品を書いてたわけですね。

 謎解きパートは結構気に入っていて、改稿時にも手を加えずに済みました。

 てゐが永琳に向かって論理を武器に立ち向かう、そんな構図が書きたかったので、その点では及第点。

 自分の原点とも言える作品なので、出来不出来に関係なくお気に入りの作品となっています。

 

以下、テンプレ。

 

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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