「只今の時刻は午前零時零分零秒。日付は2月3日、節分の日ね」

 私は星空を眺めることで、現在の時刻を紡ぐ。
 暦の上では春(の前日)とはいえ、身に当たる風はやはり寒い。
 酔いが回り頬が上気している今の自分には、多少の冷風は心地良いのだけど、

「そんなのは、窓を開けなくたってわかることでしょうに。蓮子――」

 早く閉めなさい、と炬燵の中で震えながら相方がせがむ。
 メリー――二人だけのオカルトサークル、秘封倶楽部として活動しているパートナー。
 肩口まで伸ばした金髪、服は厚着の上に、さらに紫の半纏を重ねている。
 髪の色は見た感じでは黄色に近く、その補色の紫色の服とで、
 見た目キツめのコントラストを演出している。

「生憎、こういう眼があると中々時計を見る習慣が身に付かないのよね」
「ふーん」

 メリーの視線の先には無残に倒れたまま起こされない目覚まし時計。
 うっすらと埃が被ってるように見えなくもないが、眼の錯覚だろう。

 メリーは私よりも着込んでいるのに、私よりずっと寒がっている。
 血行が結構じゃないんだと思う。私は言われるままに窓を閉めた。

「それじゃあ、本題に入りましょうか。まず今日という日がどんなものなのかを確認しましょう」

 節分とは、私たちなりに言えば季節の移り変わる境界である。
 故に、春夏秋冬――一年で四度節分が巡ってくることになる。
 カレンダー上の定義だと、立春・立夏・立秋・立冬の前日だ。

 無論、その中で最も馴染み深いのは今日のような立春の前日であることは言うを待たない。
 「鬼は外、福は内」の号令と共に、鬼のお面をつけた哀れな人間に、豆を投げ付けるイベントは、日本で義務教育を受けていれば体験していないというのがおかしな話だ。
 とはいえ、メリーには馴染みのないものなので、去年は豆まきを実際にやってみて、古き日本の文化に触れさせてみたのだけど。

「去年は散々だったわ。酔いの任せるままに豆を投げ合って、掃除が大変だったもの。
 それに、騒いだ時間が時間だったから隣の部屋からクレームをつけられちゃったわ」

 服の中まで豆が入ってた、メリーはそれはもうつらつらと不満を述べた。
 さっきから愚痴モードに入ってるのを見るに、随分と酔っているらしい。

「私も、同じ轍を踏むほど浅慮ではないわ――」

 言いながら、私はコンビニの袋の中から、あるものを取り出した。

「何も、豆撒きだけが、節分の風習じゃないのよ」

 炬燵の上に置かれた、二本の円柱。
「手巻き寿司?」と尋ねるメリーに、私は肯ずる。

「恵方巻き、というやつよ」
「エホウマキ?」
「そ、百聞は一見に如かず。まずは私がやるから見てなさい」

 とはいえ、さほど説明が複雑というわけでもない。
 恵方巻きは、節分の日に恵方――その年における良い方向を向きながら、
 無言で太巻きを食べるというものである。

 実際やってみると、文面上より難しいことがはっきりわかる。
 太巻きは切らずにそのまま、黙々と食べ続けなければならない。
 切ると縁起が悪いのだそうで。まあ、式典における忌み言葉のようなものだろう。

 食べる量が多いというのもさることながら、太巻きにかぶりついている間は、当然口からの呼吸ができない。
 鼻からの呼吸に頼ることになるのだけれど、太巻きを噛んで飲み込みながらの呼吸には、厳しいものがある。

 食べるペースが思うように進まず、ようやく全体の4分の1まで到達したところだ。
 私の食べている様子を、メリーもまた黙って眺めていた。
 そして、思いもよらぬ行動をしてみせた。

「……!」

 メリーが私が食べている太巻きの、もう一端にかぶりついた。

(い、一体何してるのよ、メリー!)

 状況を掴めずにいる私を、二度目の衝撃が襲った。

(だって、蓮子が苦しそうだったから、手伝ってあげようと思って……)
(……!)

 一体何が起こったのか、メリーは太巻きにかぶりついて声を発せないはずなのに、その声がはっきりと聞こえてきたのだ。

(どうやら、恵方巻きを通じて、思念が互いに届いてしまっているようね……)
(そんなことあるわけ――ん、考えてみれば……)

 恵方とは神のやってくる方角、とあれば神道的な概念だと見て間違いない。
 ならば、恵方巻きは一種の神事であると考えられる。
 神事――それこそ神がかりな行いであるのだ、このような神秘体験も起こりうるだろう。

(それならそれで、言うことがあるわ。恵方巻きは恵方を向いて食べてこそ意味があるものなの)
(そうだったの? だって蓮子は説明してくれなかったじゃない……)
(うん、それは私が悪かったわ。それで、メリーみたいに恵方じゃない方を向いて食べても意味ないの)

 恵方の反対を向いてるから福が訪れないなんてことはないと思うけど、やはり無意味である。

(無意味なんかじゃないわ。それに、恵方だって……)

 メリーは微かに、絞り出すような心の声で言う。

(蓮子が、私にとっての恵方なんだもの)
(……!)

 嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

(私にとっても――メリーが私の恵方よ)
(ありがとう、蓮子)

 そう私たちは――秘封倶楽部は今、恵方巻きを通じて心が一つに通い合っている。
 もはや、言葉を交わす必要もない。
 私たちはただ太巻きを食べることに集中した。





 もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ――





 もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ――





 もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ――





 もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ――





 もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ――





 もぐ、もぐ、もぐ、もぐ――





 もぐ、もぐ、もぐ――





 もぐ、もぐ――





 もぐ――










 ちゅっちゅ――










『ごちそうさまでした』










♪BGM「少女恵方倶楽部」




後書き
メリー「あら、太巻きがまだ一本残ってるわね……」

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読了感謝。
節分て『せっぷん』とも読めるよね、というお話でした。
拙文にて失礼いたしました。