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マエリベリー=ネハーン




「やっぱり、バレンタインデーの次の日が涅槃会って考え方はどうかと思うのよ」

 宇佐見蓮子はいつもながら突拍子のない前置きから会話を始める。
 蓮子は「よっ」と言いつつ線路が描く平行線の一本に足をかける。
 ここは蓮子の家の近くの廃線になった、とあるローカル線の線路。
 そして今日は、バレンタインデーでなければ、そもそも二月ですらない。
 私は――マエリベリー・ハーンは当然のごとく蓮子へ疑問符を投げかける。

「いきなり何を言い出すの? 今はもうホワイトデーだって終わってるのよ」

 今日は3月21日、春分の日である。
 昼と夜の長さが等しい、ある意味<境界>とも解釈が下せるとかで、
「こんな日にはきっと、不思議な何かに出会えるはずよ」と息巻いていたのは誰だったか。

「だって、ほら、あれを見て御覧なさいよ」

 蓮子は月を指差し言った。

「今日は満月、十五夜よ。旧暦で考えれば2月15日じゃない。歴史あるイベントだからこそ、

旧暦に合わせてやったほうがいいと思うのよ」
「ああ、そういうことね」

 蓮子の言う旧暦、太陰暦は月が満ちて欠けるまでを一ヶ月とする。
 つまり、月齢と日にちがリンクしてるということだ。

「西行法師だって詩にしてるじゃない」

 〜ねがはくは花の下にて春死なんそのきさらぎのもち月の頃〜

 蓮子が諳んじた歌は私も聞いたことがある。
 西行法師は釈迦の入滅と同じ日に没する願いをこの詩に託した。

「言われてみれば、街灯が無くてもこんなに明るいものね」

 蓮子は聞いているのかいないのか、さながら綱渡りのように、つま先立ちで線路の上を歩いて

いく。

「ほら、メリーも一緒に、さあ」

 蓮子が私の手を引いて、平行線のもう一つの線の上へと乗せた。
 私たちは手を取りながら線路の上を歩いていく。
 そして、一つの廃駅まで辿り着いた。

「よっと!」

 蓮子は軽々しく線路からホームの上へと、駆け上がっていく。

「どうしたの、メリーも早く上がらないの?」
「うう……私が運動音痴なのわかって聞いてるでしょ?」
「まあね」

 悪びれずに言う相方にそっぽを向け、どこかしら階段はないものか、遠回りになってもそっち

から昇ることにしよう。

「ああ、私が悪かったから」

 蓮子が差し出した右手を、わざとらしく「どうしようかなあ」と言ったりしてすぐに握りはし

ない。
 そろそろ蓮子のほうがむっとした顔つきになりそうなので、ようやくその手を握る。

「それじゃ、引っ張るわ」

 私はコンクリートの側面に足をかける。
 そこが支点となり、引っ張る蓮子の右手は力点に、持ち上がる私の体は作用点。
 しかし、力が入りすぎたのか勢い余り、もつれて倒れてしまった。
 私は蓮子の胸に顔を埋める形で倒れ込んだ。

「大丈夫、蓮子? 頭打ったりとかしてない?」
「うん、帽子がクッションになったから大丈夫。メリーは?」
「蓮子の胸がクッションにならなかったから大丈夫じゃない」
「……」
「縦から見ても胸のふくらみがまったく見られないわね」

 横から見ても、また然りである。

「メェェェェリィィィィ!?」

 文句タラタラな雰囲気になりそうなものだったけれど、蓮子は急に押し黙ってしまった。

「ねえ、あれ……」

 蓮子が私の背後の方を見て言った。私はその視線に釣られて振り返る。

「……!?」

 さっきまで私たちが歩いて来た方角から、二つの光が浮かんでいて、一定の速度でこちらに近

づいてきたのだ。
 それはさながら、いや、紛れもなく電車のヘッドライトだった。

「どういうことなの?」

 ここの線路は廃線になっていて、電車は通っていないはずである。
 私たちは顔を見合わせぽかんとしていたが、ふいに蓮子がにやりと笑った。

「やっぱり、私の睨んだ通りね。こういう夜には、不思議な何かに遭遇するものなのよ」
「ただの勘じゃないの?」
「この晩以降には勘じゃなくて経験則になってると思うけどね」
「言うじゃない」
「で、どうする、メリー?あの電車の速度からするに、この駅で止まりそうよ」

 あるはずのない電車、もしかしたら幽界からの迎えかもしれない。
 でも――

「答えは決まってるわ、蓮子」
「ふふ、頼もしい相方ね」

 そして蓮子は言った。

「それじゃあ、いっちょ行ってみましょうか――境界の向こう側まで」





後書き

某チャットにて課された、「涅槃会 横からでも見えはしない胸のふくらみ 廃駅」の三題話。
涅槃会って何だよ、横からでも見えはしない胸のふくらみって何だよ、廃駅って何だよ、と苦心しながら書きました。
他の作家さんの三題話はこちらから見られます。皆レベル高いです。