マエリベリー・ハ餡 

 

 

 

 私はカーテンを勢い良く開き、窓を開けて星を眺めた。

 冬の突き刺すような寒さ、それでも、頭を冷やすには丁度いい。

 

 

 

 私は星を見て時間を割り出すことができる。

 しかし、今、それをすることは叶わなかった。

 涙で滲んだ星空からは、時間を紡ぐことができなかったのだ。

 

 

 どうして、こうなってしまったのだろう。

 ただ、私の方から歩み寄ればいいだけだったのに。

 私は、それすらせずに、突っ撥ねた。

 

 

 

 自分の理解の及ばぬモノへの恐怖。

 いつかは乗り越えなければいけないそれに、私は屈した。

 私は――宇佐見蓮子は、メリーへの恐怖を拭えなかった。

 

 

 

 しかし、メリーも、私に歩み寄ることをしなかった。

 メリーもまた、私への恐怖を感じていたのだろうか。

 そして、それを拭うことが叶わなかったのだろうか。

 

 

 

 そうだ、私とメリーは同じことを考えていたのだ。

 同じことを考えていても、わかりあうことはできなかった。

 なんという皮肉だろう。

 

 

 

 メリーは私の元から飛び出して出て行った。

 もはや彼女が私の隣に戻ってくることはないかもしれない。

 それも、きっと仕方のないことなのだろう。

 

 

 

 結局、私とメリーはわかりあえない運命だったのだろう。

 私がこちら側の住民で、メリーがあちら側の住民である限り。

 

 

 

 ――そう、

 

 

 

 私がつぶ餡派で、メリーがこし餡派である限り……

 

 

 

 ~~~~~

 

  

 

「……く……て。起……さい……」

 

 

 

「いい加減目を醒ましなさい! 蓮子!」

 

「うわぁ!」

 

 私はメリーの大声で起こされた。

 体の節々が痛い、無理な姿勢で寝てた――というより、ベランダの手すりに 寄りかかったままで寝ていたのだ。

 星を見て、泣き続けて、泣き疲れて、そのまま寝てしまったのか。

 隣の部屋から壁をドンドンと二度強く叩く音が聞こえた。

 

「あら、近所迷惑になっちゃったかしら?」

「別に……メリーが、私の隣人のこと気にする必要なんて、ないじゃない……

「何よ!その言……い、方は……」

 

 途中でトーンダウンした。やはり隣室を気にしてるのだろう。

 

「まあ、いいわ。そんなところで寝てたら風邪引くわ」

「そんなこと、どうだって――クシュン」

 

 やっぱりね、メリーはクスリと笑った。

 

「さあ、風邪引きの蓮子には温かい食べ物を上げないとね」

 

 そう言ってメリーは鍋を差し出した。

 

「おしるこ、作ってきたの。いえ、作り直してきた、が正しいかしら」

 

 そうだ、さっきもメリーは私にと言っておしるこを持ってきたのだ。

 でも、それは私が嫌いなこし餡のおしるこだった。

 私はつぶ餡派だというのに。

 

 わかりあえているパートナーだと思っていた。

 でもどこかですれ違っていたのだ。

 メリーはこし餡派だった。

 

 私はこし餡のおしるこを酷く罵った。

 そして、こし餡が好きだというメリーまで罵った。

 

 今更、どんな顔をしてメリーと向かい合えばいいの?

 

「大丈夫、今度は、こし餡じゃないから」

「……!」

 

 メリーが、私のために信念を曲げた?

 

「いいえ、違うわ。今もこし餡が好きだという思いは変わらない。

 とにかく、ふたを開けてみて」

 

 私は言われるままにふたを開けた。

 そこには――

 

「これは、こし餡!? いえ、つぶ餡!? な、何なのこの餡は?」

 

 メリーは得意げな表情になる。

 

「こし餡とつぶ餡の、丁度境界よ」

「ああ――」

 

 すべてを了解した。

 メリーは境界を見る目を使って、全く新しい餡を作り出したのだ。

 

「食べてみてよ。ほら、あ~ん。餡だけに」

「うーさみ!」

 

 私は言いながら噴き出してしまった。

 

「ようやく笑ってくれたわね」

 

 メリーが差し出したスプーンをくわえた。

 筆舌に尽くしがたいとはこのことだろう。

 

 決して味の描写に困ったわけではない。

 勉強会のお題に『食べ物描写』を入れなかったことなど悔んでいない。

 

「おいしい」

 

 私はそれだけ言った。

 たった四文字だけど、それだけで私たちの心は十分すぎるほどに通いあ っていた。

 

「せっかくの新料理だもの、何か、名前が欲しいところね」

 

 悩んでいるメリーに、

 

「それなら私がいい名前を付けてあげるわ」

 

「どんな、名前にするの?」

 

 私は言った。

 

 

 

 

 

「そうね、『折衷餡』なんてどうかしら?」

 

 

 

 

 

後書き

「おしるこ」「そら」「なみだ」の三題話。「おしるこ」とかマジ鬼畜。

ちなみに、宇佐見蓮子のローマ字表記(USAMI RENKO)を並べ替えると、

こし餡、罵る(KOSIAN MERU)というアナグラムができます。

だからどうしたって話なんですが。